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浄土真宗本願寺派(西本願寺)光雲山法泉寺

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お寺って、法事・葬式以外に何か利用できるのですか?

 ビハーラという言葉があります。これはインドの古い言葉であるサンスクリット語で、「寺院」「心身の安らぎ・くつろぎ」「休息の場所」という意味です。    
 お寺は、法事・葬式を勤めるだけの場所ではなく、私が仏法を聴き、心身の安らぎを得て、くつろぐ場所なのです。
 また、福祉ボランティア・子育てサロン・婦人会・壮年会・青年会・子ども会などの活動をしておられるお寺がたくさんありますし、地域行事の会場や趣味のサークル会場として境内を開放しておられるお寺もあります。最近では落語や音楽のコンサートを開催されるお寺も増えつつあります。
 日本中に仏教寺院は70000カ寺あるそうです。必ずあなたのニーズにあったお寺が見つかります。お寺を訪ねてみませんか。

自分が死ぬことを考えたら、怖くてたまりません。

 江戸後期の博多で活躍され、軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)な人柄で広く人々に慕われた臨済宗の名僧、仙?(せんがい)禅師が臨終を迎えられた時のことです。
 弟子たちが、「お師匠さま、最後の教えの言葉をお願いします」と申し上げたところ、禅師は「死にとうない」と口にされました。弟子たちが何かの間違いだろうと訊きなおしますと、先ほどよりも大きな声で「死にとうない」と言われ、「ほんまに、ほんまに」と続けられたそうです。
 この臨終のエピソードを知ったとき、ご自分の死に臨んでの最期の冗談なのか。本心なのか。ある浄土真宗の先達が残されたお言葉を教えていただくまで、仙?(せんがい)禅師のお心が私には解りませんでした。
 その先達のお言葉とは、 「この世に未練はある。死ぬことに不安もある。だが、いのちの行き先に迷いはない。」というものでした。
  仙?禅師も同じお心だったのでしょう。
 自分のいのちの行き先をはっきりさせない限り、死の恐怖から逃れることはできません。また、いのちの行き先をはっきりさせるということは、「私は何のために生きているのか」という根源的な問題を解決することにもつながります。
 浄土真宗には『往生浄土(おうじょうじょうど)』という言葉があります。「死は生の断絶ではなく、阿弥陀如来の本願力(ほんがんりき)によって、この私が浄土に往き、後に残された人たちを教え導く仏(=光)に生まれさせていただくための縁」だと説く教えの言葉です。
  私のいのちの行き先は浄土です。そして、私は仏に成らせていただくために生きているのです。
 しかし、この回答を読まれるだけではピンとこないと思います。どうか近くのお寺に足を運ばれて、納得がいくまで仏法をお聴きください。

知り合いの人が「奇跡が起こるから」と言って、宗教への入信を勧(すす)めます。どうしたらよいでしょうか。

 奇跡を喧伝(けんでん)する宗教はたくさんあります。超能力という言葉を強調するところもあります。
 まったく勉強をしないで、神仏にお願いするだけで試験に合格できると思いますか。はっきり言って合格できません。
 奇跡は実際に起きないから奇跡であって、これをご利益として吹聴(ふいちょう)する宗教の多くは詐欺的(さぎてき)です。注意してください。
 正しい信仰とは、奇跡や超能力を求めることではありません。どんなことが起こっても迷うことのない安心(あんじん)を、この私がいただくことです。
 困ったことがあったら、近くのお寺に相談されてください。

霊能力者の人は、本当に霊が見えたり、除霊をしたりすることができるのですか?

 霊能力者と自称する人に、本当に霊が見えて除霊もできるのか、自称するご本人以外には誰も判らないことです。
 仏教では、実体としての霊魂が存在して、人を病気にしたり怪我をさせたり、守護霊のように人の運命を左右するといった、物理的な現象を起こすことは決してないと説いています。
 ところで、幽霊の姿を思い浮かべてください。髪はうしろにザンバラ髪で、手は力なく垂れています。そして足がない。
 この幽霊の姿は、実は私のことなのです。「後ろ髪を引かれる」という言葉がありますが、ザンバラ髪は過去の栄光や想い出に囚(とら)われているありさまを象徴しています。力なく垂れている手は、ものをつかみ損ねた時の形です。「あーなればいいな、こうなればいいな」と、とらぬ狸の皮算用をしているありさまを象徴しています。足がないのは、「地に足が着いていない」こと。一番大切な今、ここで為すべきことを為さずに、過去に囚われ、皮算用をしているありさまを象徴しているのです。
 生活という言葉には、「今ある生命を活かす」という意味があります。私たちは活きた人間です。つまらぬことに囚われた生きた幽霊にならないよう心がけましょう。

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